ミレィ作 オフィーリア
ミレィ作 オフィーリア

鴎外と安寿とオフィーリア」  


 19世紀イギリスの画家、ジョン・エヴァレット・ミレィ作の「オフィーリア」。 
 シェイクスピアの「ハムレット」のヒロイン、オフィーリアをモチーフにしたヴィクトリア時代のこの名画をご存知の方も多いことと思います。 
 天才といわれた若者の筆は、彼女が水に没して死する場面を、驚くほどの細かな写実技法で美しくロマンチックに描ききっています。 
 この絵との出会いは、その後の私の運命を惑わせ(?)2つの道を切り開くきっかけとなりました。 
 ひとつは、美術創作の始まり。

 それまで美術に興味の無かった私に、突如として絵筆を握らせました。

 目標は、日本の「オフィーリア」を描きたい! 
 そして、もうひとつは「妖精」です。

 絵画という枠を超えて迫ってくる妖しさと神秘の奥に「妖精」のしっぽを見つけてしまったのです。 
 実際、ミレィの属したラファエロ前派という絵画集団は、妖精画家の集まりみたいなものであったことから、ミレィは本当に「オフィーリア」の中に、人知れず「妖精」をひそませる仕掛けをほどこしていたのかもしれません。 
 ともかく、この絵によって創作に目覚めた私には、日本の「オフィーリア」を描くためのモチーフが必要でした。

 ところが、実は最初からモチーフは決まっていたのです。 
 私にとっての「オフィーリア」は、明治の文豪、森鴎外の作品「山椒太夫」のヒロイン「安寿」です。

 2人はともに緑豊かな情景の中で、悲劇的に水に没する乙女です。

 そこからミレィの表現したのと同じような神秘性を私も描けるのではないかという、インスピレーションを得たのです。 
 しかし、その後、作品に対する考えを深めて行く過程で、両作にまたがる共通点に、不思議なおもしろさを見出すようになりました。 
 例えば「オフィーリア」と「安寿」はともに乙女のまま水死します。

 また、2人の死する場面はともに後日談になっています。 
 紙面の関係もあるので結論から申します。 
 シェイクスピアの「ハムレット」とミレィの「オフィーリア」は鴎外の「山椒大夫」の創作と何か関係があるのではないかと思うのです。 
  
 創作の世界には「水の女」というジャンルがあります。

 文学でも絵画でも「水」と「女」が同時に並ぶとき、お互いに影響しあって、お互いを象徴化させます。

 「女」が水のほとりに立つと、水面はたちまちこの世とあの世の境界面になります。

 誕生と死、そしてエロスの混ざり合う、怪しくも劇的な場面を作り出せるというわけです。 
 「水の女」は、象徴的な意味合いを作品の背面に埋め込もうとするときに使われる装置の一種と考えて良いでしょう。 
 「水の女」を見つけたら、作者の犯罪、つまり、特別な思い入れのある、仕掛けに満ちた状況を疑っても良いのです。

 作家は、確信犯的に何がしかの秘密の想いを「水の女」に託しがちなのですから。 
 「オフィーリア」と「安寿」、2人はまさに「水の女」です。

 非常に作為的である「水の女」を、最も劇的であるヒロインの死する場面に登場させた表現に類似性があるということは、作品の共通性を考える上で、重要なポイントと考えられます。 
 ともに文学の大家であるという観点から、話題の焦点をシェイクスピアと鴎外の関係について絞ってみると、少なからぬ興奮に捕らわれます。

 鴎外がシェイクスピアの真似をしたと考えられるからです。 
 鴎外が「山椒大夫」を書くにあたって、シェイクスピアの真似をした?
 鴎外が自作の創作にあたって、シェイクスピアなどのイギリス文学を積極的に取り込んだ例が他にどれくらいあるかは知りません。

 しかし、少なくとも「オフィーリア」と「安寿」の関連についての考察はあまり聞いた記憶がありません。 

 こうした見解について、井村君江先生から視点が面白いとお褒めの言葉を頂けたときの喜びをご想像下さい。

 それで、もう少し何かわからないかと、こだわりを持って見直して見たところ、溢れるように飛び出して来た、誠に奇妙ないろいろな関連性の面白いこと。

 「オフィーリア」と「安寿」に「第3の女」を加えた3人の「水の女」たちの繰り広げる不思議な空想の世界の登場は圧巻です。
 具体的な話は紙面の関係で別の機会にお話できればと思いますが、「水の女」という観点から導き出される結論は、シェイクスピアとミレィと鴎外の人生経験との意外な関係を示すものとなったのです。 
 あらためて「山椒大夫」についての所見を申せば、シェークスピアとミレィの影響下にあって「ハムレット」と「オフィーリア」を意識して創作された可能性の大きい作品であると思います。 
 いや、そうでなくてはいけないのです。

 なぜなら、「山椒大夫」の創作に、シェイクスピアや、ミレィの「オフィーリア」が関係しているならば、「安寿」は、本場イギリスの「妖精」から輸血を受けた、正統ヨーロッパ型の精霊(妖精)と認定できる可能性が出てくるからです。

 妖精を楽しむことのできる空想力豊かな皆様なら、いつかお分かり頂けるお話ではないかと信じて筆をおきます。 

※会誌「妖精の輪」11号に掲載したものを改稿しています。 
 この仮説は、1万字以上でまとめた素案があり、井村先生に見て頂いたところ「とても面白い」とのお言葉を頂けました。 
 井村先生によれば、「山椒大夫」の安寿と「ハムレット」のオフィーリアを関連付ける様な考察は今まであまり無かったそうです。

 このような仮説は意外性があるとのご評価を頂きました。 

※下線部の「第3の女」とは誰のことか、おわかりでしょうか?

 ヒントは、鴎外の処女作です (^_^;) 

※現在、研究らしいことはしておりませんが、仮説については、すこしづつでも披露できればと思います。その過程でまた、新たな展開でもあれば儲けものですが(^_^;)