ロバート・カーク Robert kirk 伝説の謎

現存する唯一のシェイクスピア肖像画
現存する唯一のシェイクスピア肖像画

※ロバート・カークの伝説とシェイクスピアの関係

 

 ※ここでは、まず最初にロバート・カークにまつわる話でおそらくもっとも有名と思われる、死後に伝わったとされる伝説を、あらためてご紹介したいと思います。

テキストは、井村君江氏の著書によります。

 

 『カークは死後、親戚の者の前に姿を現わし、ダウフレーのグレイアムの所に行ってくれと頼んだと言うのである。

 カークの言葉によれば、彼は妖精の国に捕われており、そこから逃れる道は一つ、彼の死後に生まれ牧師館で洗礼を受ける子供がいるが、その洗礼式に自分は亡霊となって姿を現すので、グレイアムが短剣を投げつけてくれれば、この世に再び戻れるだろうというのであった。

 その通りのことが洗礼式の日に起こったが、グレイアムは驚きのあまり短剣を亡霊に投げられず、カークはこの世に戻れなかったというのである。

 しかし、第二次世界大戦のときもう一度機会があったという話も伝わっている。アバーフォイルの牧師館に住むある士官の妻に赤ん坊が生まれることになった。若い妻は、その洗礼式を牧師館ですればカークが姿を現わすので、彼の使っていた椅子の座を短剣で刺せば魔法は解ける、と知らされていた。

 しかし、カークはそれ以後姿を現わさなくなってしまった。

 彼の魂は救われたのか、それともまだ妖精界に捕われているのかどうか、と人々は噂したという話である。』

 

 ※ケルト妖精学 井村君江・著 ちくま学芸文庫 P120ー121 

 

 ※牧師館で洗礼を受ける子供とは、カークが失踪、または、死亡したとされる時点で、妻のおなかの中にいた赤ん坊のことです。 
 さて、この伝説をご承知下さった上で、以下の内容をご一読下さればと思います。 

※書簡のやり取りより 

 伝説にこだわって検証すると、いろいろなパターンが出て来ると思います。このシミュレーションは、カークを考える上において、はずせないチェック項目だと思います。 
カーク本人による創作もひとつのシミュレーションです。かなり飛んだ話になりますが(^_^;) 

 でも、伝説はチェンジリングなどの話と比べると、ちょっと独特の雰囲気を持っていて、まるで、良くできた戯曲の一場面です。教会に幽霊が現れてナイフでというのは、あまりにもストーリー性があって、劇的です。 
 ナイフに幽霊。最初、ハムレットかと思いました。道具立て、筋立てがあって、盛り上がりのシーンもあります。チェンジリングの話より、シェイクスピアに近い構成です。 これは、自動的に生まれる話ではなく、明らかに誰かの意図した創作であろうと思いました。このときの印象を変えることができないまま、今に至っています。 

 夢で見た親戚が、この話の発信者であるということになっていますので、単純に考えれば、この親戚が、シェイクスピア風のストーリーを生み出せるくらい、シェイクスピアの影響を受けていたと思えばそれで終わりになります。 シェイクスピアは、当時の人々間に、これほどまでに広く浸透していたんだよという例証のひとつとなって終わりです。 
 しかし、本当に親戚の見た夢から伝説が始まっていたとしても、カークとの結びつきは切れるわけではありません。 親戚がシェイクスピアの影響を受けた人であったとするなら、近しいところにいたカークもシェイクスピアの影響を受けていたのではないかと想像され、少なくとも、シェイクスピアとの関係を否定できなくなります。 親戚と、カークはシェイクスピアで盛り上がる関係だったかもしれません。 

 話は前後しますが、もし、カークとロンドンの繋がりを見いだせば、このとき、一つのルートが想定できるようになります。 つまり、シェイクスピアの情報や本をもっぱらロンドン(情報の中心地の意味)で仕入れるのはカークの役割で、親戚は、カークの帰りを楽しみにしている。会った二人は、シェイクスピア談義で盛り上がる。 
 また、カークが一方的に親戚に吹き込んでいたことも考えられます。シェイクスピアを好きだったカークが、ことあるごとに親戚に話していたので、親戚は影響を受け、自然と頭の中に劇作を生むイメージを植え付けられた。 そして、もう一つは、カークが故意に親戚を利用した場合です。 カークは、なんらかの理由で、親戚に話を流布するように頼んでいた。話自体は、カークの創作であった…… 。 

 確かめるべきは、死後の伝説は、いったいいつから流布されるようになったのかです。カークの死後か生前か。 ともかく、ロバート・カークプロジェクトでは、伝説の流布された時期について、親戚の口を境として、それ以降であるという話を鵜呑みにせず、親戚の口以前にすでに流布されていた可能性も視野に含めることを方針といたしましょう。 

 前回、誇張してアバーフォイルを田舎とし、伝説を流布したのは、カーク本人であるなどと、かなり、飛んだ話を持ち出したのは、こんな話を出すと、盛り上がるかなという作為もありました。伝説の背景に作為はなかったかと考えているうち、カークが乗り移ったのか、作為に満ちた行動に走ってしまいました。ちょっと、反省です(^_^;) 

 ところで、当時のアバーフォイルの住民に、シェイクスピアをご存知ですか?と訪ねたら、そんな田舎じゃないと言って怒られるかも知れません。 アバーフォイルは、写真で見ると田舎町ですが、大都市グラスゴーからわずかな距離に位置し、ハイランドとローランドを結ぶ、要所の一つで、情報も通行も盛んであったと思います。 
 ロンドン発の発行物や、郵便は、2日もあればアバーフォイルに届いたかも知れませんし、グラスゴーでシェイクスピアを観劇することなど、アバーフォイルの人の日常だったかも知れません。 それどころか、シェークスピアは全国的にポピュラーだったとしたら、カークの作為を説明することは、難しくなって来ますね。 けれど、ロバート・カークプロジェクトにとっては、誰の仕業かは、本当の所どうでも良いのです。 

 伝説とシェイクスピアの関係、作為のあるなしをチェック項目として、置いておく必要を訴えたく思うのです。 行方不明の原因と、その後のカークの行方について考えるのは、重要と思います。 行方不明後、すぐ死んでいたなら良いのですが(?)、生きていたらややこしいです。 
 本当はどこかの機関のスパイで、借金取りに追われていて、不倫して、新天地にあこがれて、友達にそそのかされて、何もかもいやになって、宇宙人にさらわれて姿をくらませたのかも知れないからです。 

 伝説の人も、かなり俗っぽくなってきそうですね(^_^;) 

 「スコットランド ファンタジー&ミステリーツアー」を読んでから、ウェブ上を再確認したら、なるほど確かに行方不明説が普通に紹介されていることを知りました。5年くらい前に調べたときは、自動翻訳の精度がひどくて、ちんぷんかんぷんでしたが、今は改善されて10%くらいは、わかるようになっています。そうすると、行方不明の話を読み取れました。 
 テキストにしていたキャサリン・ブリッグズ氏の著書では、散歩に出かけた丘のふもとで死んでいる所を、家族に発見されたことになっています。 
 死後の死体があるかなしかは、大違いの話なので、行方不明説は、新たな問題提起となりました。 でも、もともと考えていた下地があったので、これについては、自分の見解を持っております。 現段階で、自分として一番面白いと思える仮説を申すなら、カークは、ロンドンに向かったことになります。 
 だけど、カークはその目的を果たせなかった。おそらく道中で死亡したのです。ここにも、ストーリーが湧いてきます。 詳細は、別の機会といたします(^_^;)

 

「ロバート・カーク ロンドンの謎」につづく

 

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※目次。他のページの紹介です。

 

「ロバート・カーク 死因の謎に挑む」

「ロバート・カーク ついに正体を現す!?」

「ロバート・カーク チェンジリングの謎(Ⅰ)」