ロバート・カーク Robert kirk ロンドンの謎

王立協会の紋章
王立協会の紋章

※ロバート・カークは中央志向の人?

 

※書簡のやり取りより。 

※アバウトなお話とご理解頂きたいのですが、アカデミー(王立協会)は、非常にオープンなスタイルの組織でした。 

 アカデミーは、国王と関係深いものでしたが、外から圧力を受けていたわけでもなく、専門家の集団であって独立性のある機関であり、オープンな体質から、社会人や学生の出入りもありました。 
 聴講生を交えての講義もあったので、知識欲や好奇心で参加する貴族や、一般の富裕層の姿も見受けられました。 
 ヨーロッパ大陸の学者とも密接に繋がっていました。神学や哲学の論争も盛んで、アカデミーのメンバーには聖職者もいました。 

 カークがロンドンに行っていたかどうかということと、そこで、何をしたかについての考察は、誰も問題にしていないようですが、ものすごく大事であると思っています。 ロンドン行きを確かめ、その内容がわかれば、カーク研究にとっては大きな進展になります。 
 ロンドンに行った目的と、何をしたかについての考えの一部を披露します。なぜ、重大視するのか、漠然とでも、おわかり頂けるかと思います。 
(なお、ここでいうロンドンとは、エディンバラやオックスフォードも含めた、イングランドの文化中央地域を指します) 

1.宗教、政治の動向の見極め 

宗教)クロムウエルのピューリタン革命によって、額面上プロテスタントが優勢に立ったと思ったとたん、クロムウエルの時代はあっさり終わり、今度はチャールズ2世のカトリック擁護政策が始まるなど、主流派がめまぐるしく変わる混乱の時代です。 
 神学論争も中央で盛んに交わされ、最新の哲学が披露されていました。 
 現状認識と、今後の動向について、一宗教家として、個人的に興味があったのはもちろんでしょうし、スコットランドの長老会としても、情報収集は必須だったことでしょう。 
 ひょっとすると、情報収集のため定期的にイングランドに派遣されていた長老会あたりの選抜隊があり、その一員に加わったことがあるのかもしれません。 そこらあたりは、調べなければならない要素と思います。 

政治) 政治的にも、大いに混乱していたということは、それだけ推理のネタを増やしてくれるということです。 
 政治とのからみについて、金メダル級と思える面白い仮説(ひとりよがり?)を持っていますが、他の周辺情報とセットにしないと分かりにくい話かと思いますので、詳細は別の機会といたします。 

2.出版、本の情報収集 

 ゲール語で書かれた詩編の翻訳は、一応の成功を収めました。しかし、いわば、地域限定、読者も限定の商品です。「妖精の知られざる国」は、全国向け…… いや、ヨーロッパ全土へ向けて出版可能な内容です。 
 もし、カークに「妖精の知られざる国」を全国に向けて出版しようとする意欲があれば、ロンドンの出版事情を調べておきたいと考えたとしても、おかしくはありません。 一歩進めて考えるなら、版元を探していたかもしれません。 
 イギリスで印刷が開始されたのは、1476年。およそ、200年経って、印刷、出版は、ある種の黄金期を迎えていました。アカデミーから次々繰り出される革新的な本、科学書、神学書、哲学書、さらに、シェイクスピア! 
 また、この頃、一部のお金持ち、特にその奥さんたちに、読書が定着し始めました。新たに登場した需要を当て込んだ旅行記や日記など、奥様受けする俗っぽい本も出版されていました。今と同じ、何でもありです。出版にそれだけ勢いがあったのです。出版でにぎわうロンドンは、ヨーロッパ最大級の出版文化の集積地であり、活気にあふれていました。 
 ここで、妖精についても考えておかねばなりません。 
 人々の妖精への関心は、シェイクスピア、アカデミー、そして、都市の生活などの影響によって転機を迎えていました。 
 古い因習の残る時代、妖精は関わってはいけない、見てはいけない怖い存在だったでした。

 でも、シェイクスピアの劇で活躍する妖精を楽しむ都会人にとって、もはや妖精は恐ろしい魔物ではなく、遊び心や、好奇心の対象として冷静に向き合える存在になっていたのです。 
 やつらって実際にいるのかいないのか、どんなものか、誰か本当のところを教えてくれないか?というくらいにです。 
 「魔女狩り」についても考慮しなければなりません。魔女裁判の記録にも妖精は良く登場していました。悪魔より、妖精で有罪になった方がまだましだと考えたのでしょう。被告の言い訳として登場します。裁判の当事者たちも、傍聴人も、妖精を良く知らねばなりませんでした。 
 拡大解釈すれば、妖精とは何かについて、専門家(?)も、一般人も精密に知る必要に迫られていた時代であったとも言えるのです。 

 と、いうことはどういうことでしょうか? 

  つまり、この時代、適切な妖精テキストの出版は、ベストセラーになる需要があったということです! 
 あなた様が、この時代のロンドンに住んでいらっしゃったとします。 手元に、これまで調べて来た妖精についての、しかも自信に満ちた原稿があったとしたら、どうします? 
 ようし、いっちょうやってやろうかと、お考えになりませんか?(^O^) 
カークがそんなレベルで物事を考える人だったかどうか、わかりません。だけど、調べる価値は、大いにあります。少なくとも、ロバート・カークプロジェクトでは、重要課題の一つです。 
 また、カークは、相当な読書家であったろうことは、まちがいないでしょう。ロンドンに行けば、個人の趣味として本をあさりまくったはずです。実は、この点、非常に重要な要素であると思っております。これも、詳しくは、別の機会といたします。 

3.科学アカデミーとの関係づくり 

 上述の宗教でも申しましたように、アカデミーの動向は、宗教家個人としても、組織としても、注目を集めていました。 
 しかし、正直、結論を申しますと、カークは、宗教上の問題からだけではなく、もっと個人的な動機、例えば趣味、好奇心のたぐいも含めてアカデミーに興味を持っていたのではないかと思っております。科学に興味を持っていたかどうかの考察は、決定的な結論を導きだす可能性を秘めていて、調査の最重要項目のひとつです。この点を提示するだけでも重要な意味を持ちます。 
 仮説ですが、個人的にはまず、まちがいなく、カークは、
科学マニアであったろうと思っております。 重大なので繰り返しますが、その考察は、人物像を決定づける可能性もあるのです。 アカデミーとの繋がりを、調べる目的は、実は、そこにあります。 この先の詳細は、別の機会とさせて下さい。 

 ※この
科学マニアという言葉には、特別の意味が込められています。詳細はいずれ、明きらかにいたします。 

4.観光目的 

 単純に観光目的で訪れたとは、とても、思えません。が、もしかしたら、カークの記録の中に、あちこちへの旅行に関する記述が残っているかもしれません。そういうものを調べると面白いと思います。人物像を探る良い情報源になることでしょう。 どこかで、シェイクスピアを観劇したなんて、出て来たら、面白いのですが(^_^;)

 

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